灯火の先に第1話


熱い。
熱い、熱い、熱い。
顔に焼けるような熱さを感じ、僕は目を覚ました。
熱い、熱い。
目を覚ましたはずなのに辺りは真っ暗で、顔は火がついたように熱かった。
熱い、熱い。
何かが顔に張り付いている、これのせいで熱くて視界がきかない。
なんだ、くそ、邪魔だ。
動きの鈍い体を強引に動かそうとするが、何かに邪魔をされた。
邪魔だ、俺はこの顔にあるものを取りたいんだ。
熱いんだ、熱くて仕方が無いんだ。

「スザクっ!落ち着きなさいよ!」

耳元でカレンの叫び声と共に、体が抑えこまれた。
一人じゃない、複数人に体を抑えられている。
わけのわからない状況に、脳はパニックを起こした。

「邪魔するな!」

熱いんだ!これを外したいんだよ!
たったそれだけの事なのに、どうして邪魔をするんだ!

「邪魔するわよ!落ち着きなさいって!」

カレンの叫び声と、見知らぬ人間の声。
落ち着いてください、もう大丈夫です、そんな知らない声が聞こえる。
カレンだけじゃない、複数の人間がこの体を押さえ込んでいるのだ。
・・・知らない人間?
痛みと混乱で麻痺していた意識にそこが引っかかった。
今カレンはなんて呼んだ?
ゼロじゃなく、スザクと呼ばなかったか?
いや、その前にこの顔にあるはずの仮面はどこに!?
間違いなく、この顔に仮面はない。
バレた!?
ゼロが、枢木スザクだと。
死んでいるはずのナイトオブゼロだと周りに知られた!?

「離せ!!」

冗談じゃない、さらし者になるわけには行かないんだ。
ゼロは無。
中にいるのが、悪逆皇帝の騎士だと知られる訳にはいかない。
拘束を振りほどこうとあがくが、何人もの人間に四肢を抑えられているし、体中焼けるような熱さと痛みのせいか、ろくに力が入らなかった。

「大丈夫だから!落ち着きなさい!あんた怪我してるのよ!傷が開くでしょう!!」

カレンの必死な声。

「そうですゼロ!手術が終わったばかりですから安静にしてください!」

見知らぬ男性の声・・・いや、違う。この声はルルーシュのギアスをかけた、ゼロの、僕のための用意された医師の一人の声だったはずだ。周りの声もそう考えれば、ゼロのために配置された部下の声、全員ルルーシュのギアスでゼロの秘密を守ることを命じられた者たちだ。
仮面の下がスザクであっても、口外することのないものたち。
カレンもまた、ゼロの真実に口を閉ざした一人だ。
ゼロの秘密は、外部には漏れていない・・・。
怪我、手術?
ようやく暴れるのをやめたスザクに、周りは安堵の息を吐いた。

「あんた、覚えてないの?今日何があったのか」

それとも、ショックで記憶が飛んだのかしら?
カレンが心配そうに声をかけてきた。
乱れた布団はかけ直されたが、また暴れたら困ると両手はカレンが抑えていた。
怪我。
顔が熱いのは怪我のせいか。
そういえば、腕と胸と腹の辺りも熱く痛む。

「麻酔が切れたのでしょう」

予想より早いのですが。
ゼロの、スザクの定期検診もしている医者だろう。耳に馴染んだ声だった。

「どう?痛むの?」
「・・・痛いし・・・あつい」

心配そうなカレンの声に、ポツリとそれだけ返した。
麻酔、手術、怪我。
駄目だ、思い出せない。
何があった?
今日は何をしていた?
真っ暗な視界のせいか余計に頭が混乱している。
恐怖と混乱で頭が痛い。

「鎮痛剤をすぐに用意します」

と、医者は部屋を後にした。

「スザク、大丈夫?今日のこと思い出せないの?」
「今日・・・僕は・・・」

口の中がカラカラに乾いてた。
それでもどうにか言葉を絞りだす。

「会議に出てたのよ、超合集国の。今回の開催国はブリタニア。そこまでは理解る?」

ああ、そうだ。
各国の代表がブリタニアに集まっていたんだ。
ゼロレクイエムのあの日戻ってきたゼロは、超合集国からも黒の騎士団からも切り離された存在となった。そのどちらも監視する存在というべきか。
そこでゼロはあくまでも傍観者、あるいは審判のような位置で代表の発言を聞き、問題がない限り口出しはしない。問題があっても、大抵はシュナイゼルが発言して終わる。ほとんど口を開く事はなく、ただそこにいるだけでその場を支配する存在。口を開けばボロを出す可能性があるため、シュナイゼルがそうなるよう仕向けたのだ。
だから今日も監視者としてゼロは参加していた。

「・・・1回目の休憩時間までは記憶がある」

2時間毎に休憩時間が取られている。

「爆破テロがあったのよ、その休憩時間に・・・ゼロの休憩室を狙っての犯行よ」

仮面をつけている間飲食の出来無いゼロは個室が用意されている。
護衛は個室の前まで。
そこで別れ、ゼロが一人になった瞬間に、部屋の中の爆弾が爆発した。
親衛隊の隊長であるカレンは、ゼロの護衛の責任者でもあるため、すぐ傍にいた。
だから爆発の直後真っ先に室内に入り、倒れているゼロを発見した。
部屋の中は酷い有様だったが、さすがスザクというべきか、あれだけの爆発では考えられないほど軽症だった。
ただ。
よけきれなかった破片が、ゼロの仮面を直撃していた。

「あんたの顔は私とここの医師以外誰も見てないわ。それだけは断言する」

仮面の前面が割れ、顔から血を流している姿に一瞬血の気が引いたが、割れた仮面から覗く懐かしい顔に、その正体を知られてはいけないと、カレンはすぐに自分の着ていた上着を脱いで、ゼロの顔を隠した。
・・・思い出した。
爆発と共に飛び散った瓦礫。
鋭い破片となったそれらを反射的に交わしたが、正面からの破片をかわしきれなくて。そこで意識がブラックアウトした。
仮面が割れた話と辻褄があう。
強化ガラスでできていたが、それを壊すほどの勢いだったのだろう。
割れた破片、顔の痛み、そして。

「・・・それで、怪我の状態は?」

まず先にそれを話すべきだろう。
だが、カレンはそれを避けているようにも思えた。

「それは・・・その」

やはり、この話題は話しづらかったのだろう、饒舌だったカレンの口が重くなった。
彼女の態度で、最悪の想像はすぐにできた。

「カレン」

せっつくように名前を呼ぶと、カレンはハア、と息を吐いた。

「・・・わかってるわよ。落ち着いてきいて。スザク、あんたの体の方の傷は大したことはないわ。でも、あんたの両目・・・仮面の破片が刺さったの」

ブラックアウトした時に、その両目はまだ開いたままだった。
当然だ。
目を閉じれば視界が閉じる。
かわせるものもかわせなくなる。
だからギリギリまで目は開いていた。
瞼があれば守れたかもしれないダメージもすべて直接眼球に。

「破片は全部取り除けたけど・・・視力が戻る可能性は・・・かなり低いそうよ」

予想通りの答えだった。最悪の予想通りの。
かなり低い、と言うのは目が治る希望をもたせようとしているだけに過ぎない。
恐らく、限りなくゼロに近いのだろう。

「・・・そうなんだ」

失明した。もうこの目がものを見ることはない。
まだ整理のつかない頭で、スザクはそれだけは理解した。

2話